【岐阜・大垣の金蝶饅頭】どっちが元祖?金蝶園総本家と金蝶堂総本店の違いとは?
岐阜県大垣市の名物、「金蝶饅頭(きんちょうまんじゅう)」
実は店名が微妙に違う店が2つ存在し、それぞれが金蝶饅頭として売っているため、「金蝶饅頭」は2種類あるんです
どちらもそれなりの歴史がありそうなので店の成り立ちがどう違うのか比べてみました。
商品である饅頭の比較は別個にくわしく書きました↓
「金蝶園総本家」と「金蝶堂総本店」の成り立ち
大垣を中心に岐阜周辺ではこの2店が金蝶饅頭を売っている老舗和菓子店です。
金蝶園総本家
社名:金蝶製菓合資会社
創業:寛政十年(1798年)
…教科書的にはこの2年後(寛政十二年)に伊能忠敬が蝦夷地(北海道)を初めて測量したよ!という時代。
創業者:初代喜多野弥右エ門
本社:大垣市郭町二丁目10番地
金蝶饅頭の原材料:小豆・砂糖・小麦粉・餅米・糀
金蝶堂総本店
社名:不明
創業:文久二年(1862年)(レシートに印字あり)
…教科書的にはこの2年前(万延元年)、桜田門外の変で井伊直弼が暗殺された時代。
創業者(初代店主):吉田すゑ
本社:大垣市郭町三丁目13番地
金蝶饅頭の原材料:小豆・砂糖・小麦粉・餅米(国産)・糀・膨張剤
「創業年」と「創業者」は違うが共通点も
お菓子に添付された説明文やレシート、ホームページを比較して違うのは創業年と創業者。
金蝶園総本家は初代喜多野弥右エ門が菓子何処「舛屋」として開業した年を創業年としており、1855年に現在の金蝶饅頭を二代目弥三郎が完成させたとしています。
対して金蝶堂総本店はわずか7年後にあたる1862年に初代店主・吉田すゑが金蝶堂を開業したのが始まりとされているので、金蝶饅頭が出来たのはほぼ同時期といえます。
また、創業者は違いますが共通点は、京都へ菓子作りの修行へ出たのち、その成果として美濃大垣藩の小原鉄心に金蝶饅頭を献上。
金蝶園総本家は「お誉めの言葉」を、金蝶堂総本店は「金の蝶の飾りのついたかんざし」を賜ったとあります。
まとめ
微妙に違う点はいくつかあるが、饅頭はおいしいよ
まとめるとこのようになります。
これ以外はほぼ同じ。
美濃大垣藩の小原鉄心に金蝶饅頭を献上した点と、その店名の由来は小原鉄心から賜ったものをもとにしている点では共通していますが、その賜り物が若干ちがいます。
金蝶園は「大垣の水に合う茶の味はこの菓子。菜種咲く 花は黄金の 饅頭に 慕うや蝶の 賑わいの園」というお誉めの言葉をいただき、それを店名の由来としています。
対して金蝶堂は創業者の吉田すゑが金の蝶の飾りのついたかんざしを賜ったことを店名の由来としています。
饅頭自体は微妙に、本当にほんのすこしだけ違います。けれどどっちも美味しいですよ。
蛇足ですが金蝶堂総本店のHPをよく読むと、すゑの夫であった野原氏の浮気が原因で離婚することになったものの、饅頭とお店の名前を少し変えて、野原氏に金蝶饅頭を売ることを許したとあります。
もしかしたら野原氏が金蝶園総本家なのでは…と一瞬思いましたが、金蝶園の創業者が「喜多野」(現在の代表は北野英樹さん)なので関係ないですね。。。
個人が調べるにはこの辺りが限界でしたが、いかがでしたでしょうか。
2019.2.20追記
コメントで情報をいただきました。
「金蝶園総本家はもともと野原さんだったが、昭和30年ごろ経営難に陥ったところを北野さんが買収しそのまま事業を引き継いだ」らしい、とのことです。
平成24年、天皇皇后両陛下が大垣市を訪れた際、大垣市が天皇皇后両陛下に献上したお菓子に吉田すゑさんが創業の金蝶堂の饅頭を選んだということで、大垣市民的にはこの問題は決着しているとのことです😃
金蝶園総本家の創業が喜多野さんであることと買収した北野さんともなにか関係あるのかもしれませんね。
2019.3.19追記
「金蝶堂総本店」が3月2日に自己破産申請していたそうです。